
いま現在、一番勢いのある劇団のひとつである「南極」。数年前からずっと話題にはなっていて、どこかで観たいと思いながらもそのタイミングをことごとく逃し続けて、今回ようやく目撃できた。
今作は「オールナイトニッポン」などを手がけるニッポン放送との企画公演であり、舞台はラジオドラマの収録スタジオ。当日放送するはずだった台本が間に合わず、急遽倉庫に埋もれていたSFテイストの古い台本を引っ張り出してきて、なんとかPodcastの生放送に間に合わせたディレクターらスタッフと演者たち。しかし、放送途中から世の中に異変が起き始める。その台本は、放送した内容がそのまま現実に起きてしまうという曰く付きの「放送してはいけないラジオドラマ」だった…という物語。
生放送のラジオ収録現場という設定は、『ラヂオの時間』などに代表されるコメディの古典的なシチュエーション。そして、ラジオドラマでSFと言えば、もちろん思い浮かぶのはオーソン・ウェルズの『宇宙戦争』とそれを巡る逸話だろう。臨時ニュース風に放送された火星人の襲来を事実だと信じ込んだ聴取者がパニックを起こしたという嘘みたいなエピソード(近年では本当に嘘だと言われている)が、今作の元ネタになっているのは間違いない。つまりは新進気鋭の若手劇団による、古典的SFの再構築といった趣のある作品であった。
クオリティは文句なし。王道をなぞりつつも、SF的ガジェットを用いた一筋縄ではいかない展開を見せていく脚本、観客の想像力を信じるテクニカルかつ肝の座った演出、そしてそれらを見事に体現する演者たちの力量。噂に違わぬ劇団力を見せつけられた。
ただ、自分は何故か没入し切れなかった。
その理由を考えてみたのだが、これはつまり、劇場で見たかったなというのがあるのだろう。
虚構と想像の芸術である演劇は、リアリティと言う点で映像に劣るが、その分ありとあらゆるものを許容する懐の広さを持っている。照明が変われば時間や場所が変わり、銃声が鳴れば人は撃たれ、演者が一言「海が見える」と言えば、何もない空間に海を出現させられるのが演劇の醍醐味であり唯一無二の魅力だと思っている。そして、その想像力を引き受けられる箱こそが劇場だと思うのだ。
今回の公演はニッポン放送内のスタジオで行われていたので、ラジオブースや機材などは実際に収録で使われるものをそのまま使用していた。その空間は、セットでは出せないリアリティと説得力があったと思う。しかし、その説得力こそが最大の敵であった。物語がどんどんとSFに侵食されてくると、細部にある小劇場ナイズされた部分と空間に虚実の齟齬が生じてしまって、途端に嘘っぽさが浮き彫りになった気がしたのだ。その違和は最後まで拭えず、あの空想的飛躍ともいえる美しいラストも、なんだか安っぽく感じてしまったのだった。
これは誰が悪いとかではなく、強いて言えば作品に没頭しきれなかった自分のせいでもあると思う。あのラストシーンを劇場で見ていたら、受け取り方も違ったのだろうか。脚本の感じが好きだなと思えただけに残念で仕方がない。
南極にはもう一度、劇場で出会いたい。